裁判員2024年06月01日 15:44

10/28/10
裁判員を辞退せずの意思表示と旅費などの振込先書類を返送。

12/13/10
特別休暇を取得し横浜地裁で裁判員選任手続き。
パソコンで抽選、三三人中六人と二人の補充裁判員が選任され、私は一五番ではずれ。
経験してみたかった。

ツリーラン2024年06月05日 15:19

11/27/10
パラグライダーが乱気流で潰されて、なんとか回復しようと粘るうちにパラシュートを投げるタイミングを逸し、ツリーランしました。
tree landing、木に着陸、もちろん和製英語とも呼べないパラグライダー業界の言葉、ツリーランです。

パラグライダーは空気で膨らんでいるだけで、乱気流(それを回避するのも腕ですが)で潰される、翼が変形することがあり、このため揚力を失い、失速する、墜落することがあり得ます。
潰されても高度があれば回復操作をして回復を狙います。
判断ミス、下に木があるのでグライダーが木に引っかかって自分は宙づりになるだろうという読み(甘い)もあり、緊急パラシュートを使用せず木に引っかかりました。

木に引っかかって2時間半待って、いよいよ回収が始まった瞬間に枝が折れて落下、7-8mくらいか?

急斜面であったこと(スキーのジャンプの着地も斜面だから出来るのです)、岩場でなかったこと、枝が折れたにしても地面までの途中で他の枝がブレーキになったことなどが幸いしたと思います。

罰金10,000円。回収隊S氏の「無事が一番」が沁みました。

回収隊を持っているとき、初めて野性の猪を見ました。最初熊かと思い、笛を吹いたが逃げず、そのうちあの急斜面をまっすぐ走って降りていきました。自分は木の上で、猪は地面、大丈夫のはずですが、恐かった。木に引っかかった人間、バカ、と思われたようです。
笛は近くに来た回収隊に位置を教えるために装備している物です。




3.11東日本大震災2024年06月09日 15:53

3/11/11
14時45分地震、オフィスは2階建ての2階、揺れは大したことはないが、揺れている時間が長かった。

東京本社の社長から被害状況を連絡せよという指示あり。その後本社人事から今後の指示を連絡すると言うことだったが、どうなったのか?
横浜・戸塚オフィスの責任者は辞めたばかりで、週の半分東京本社から来ているNo2は今日は来ない日。
関連会社のW氏が『俺が責任を取るから帰って良いよ』と。たいした判断力と責任力、感銘を受けた。

私も残っていても時間の無駄、暗くなり、寒くなり、帰宅が困難になるだけは明白。それに停電、電車は止まっただろうと思われた。歩いて帰れるなら、帰る必要があるなら早い方が良い。
自己判断で、部下のSにも帰れるなら帰れと言って、私が最初に帰った

幸運にも戸塚駅から保土ヶ谷駅行きのバスが運行されており乗車。保土ヶ谷駅の手前で渋滞、運転手の勧めでバスを下りて歩いた。
スマホのナビを頼りに歩いて、保土ヶ谷駅にたどり着き、以前通勤していた天王町駅にたどり着き、横浜駅にたどり着き、東神奈川駅近くで妻をピックアップ、一緒に歩いて2030時帰宅。

途中踏切があり、数分待っても空かない。電車は来ない。地震により締め切りの動作をしていると考えて、横断した。

長女次女も義母も無事。

船なら本船を放棄してライフボートに乗るかどうかはキャプテンの命令による。一蓮托生。個人の判断で勝手に避難は出来ない。機関士や通信士はライフボートを降ろせない、航海士や機関士は遭難通信を行えない。
消防も救急も警察もない船では自分達だけで全てに対応しなければならない。
陸上の場合は、小さい子どもや老親のために遠距離でも歩いてでも帰宅せざるを得ないひともいるだろうし、自己判断は可能であるし、指示待ちは危険な事もある。

自己完結性2024年06月21日 08:27

3/24/11
当時勤務していた会社には造水機という製品がありました。海水、川や湖の水を飲料水に浄化する装置です。
東日本大震災により飲料水が入手出来ない地域に造水機を持って行けないか、という社長の思い付き。
造水機担当セールスのY氏から相談がありました。
造水機を動かすには電力が必要で、発電機も持っていくのか、現地での食料調達や宿泊はどうするのか、食料もテントも燃料もトイレも全て持っていくのか、現地は困難の極みにあるはずで、道路もどこが通行可能なのか分からない、海水を使用するとして出来た飲料水を必要なひとに海岸まで取りに来て貰うのか、こちらで配布するのか、容器も用意していくのか、などを質問したら諦めたようです。
自衛隊なら自己完結する装備も訓練もノウハウもあるあるでしょうが、現地がボランティアを受け入れられる状態になる前は民間企業のサラリーマンは足手まといになるだけ。

民間でも船はある程度の自己完結性が求められます。火事になっても病気をしても犯罪が起こっても、消防車も救急車もパトカーも来てくれません。火事は自分達で消すしかありません。ひとりしか居ない通信士が倒れたらモールスによる医療電報の送受信が出来ません。例え外国船でも無線電話の到達距離にいれば、電話で病状を伝えてモールスで陸上との遠距離通信を依頼することは出来ますが。

細かいことを言えばキャプテンも自分で洗濯します。シャツのボタンが取れたら自分で付けます。これが自己完結性。

計算してみると2024年06月29日 18:36

7/10/11
ひとりでビッグサイトのブックフェアに行って、フェアは見ませんでしたが、曾野綾子の講演会を聞きました。
50年の作家活動で60,000,000文字を書いたことになるとのこと。書く事は煉瓦を積み重ねるようなもの、それだけ書けばいくらか文章もうまくなる、と。

計算してみました。50年で六千万文字。とは言ってもそれは発表した分だけで、原稿の書き直し分はかぞえ切れないはず。
ともかく六千万文字、50年なら、1年で120万文字、1日3,287文字。400字詰め原稿用紙で8.2枚、休まず毎日?ちょっと盛っているような?
どうなんでしょう?しかし、北方謙三の三国志やら水滸伝やら楊令伝やら岳飛伝、相当な長編を書く人もいて、ある得るのか?
手本を写すだけなら1日4,000文字はいけるかも。しかしそれを50年毎日いける?創作ですよ。写本ではなく、自分で創造して文章を書く。

単純に数字として六千万。一億の半分以上。どれだけの紙とペンを使うのか?
小説は1冊10万文字ほどだそうで、すると600冊。50年で600冊なら、年間12冊、ひとつき1冊。そんなに書けるものか?
1文字100円としたら60億円。稼いだのかな?(1文字100円というのは子どもの頃父から聞いた話、売れっ子作家は当時(昭和30-40年頃?)それくらいだったとか?これはちょっと確認できませんが。)