方向音痴 ― 2023年12月26日 09:43
サードオッサー(三等航海士)やセーラー(甲板員)など数人でヌーメアに上陸しました。
みんなブランド品求めて店を回ります。私も付いて行きました。
彼女がいる人は香水などを探したり、自分で使うライターを探したり。
私はいずれにも興味が無いので、ちょっと1人で街を歩いてみようとみんなと別れました。
そして迷子になりました。まずい、港はどっちだ?港と言ってもクレーンなどの目印はありません。
正確には、港自体無いと言っても良いのです。横浜の本牧埠頭や大黒埠頭があるわけでは無いのです。
ヌーメアは入港手続きをするだけのところ。船は沖にアンカーを入れて、乗組員はサンパンという小さい交通艇で上陸するのです。
雑貨屋で煙草を買って『港はどっち?』と片言の英語で聞いて、帰ってきたのは『英語は分からない』という片言の英語。
それでも港とか船という単語くらい知っているだろうに?
フランス人はフランス語が世界で最も美しい言語、英語は田舎者の言葉、ドイツ語は馬の言葉、という認識を持っているとか。それで、英語は話せても話さないという。本当でしょうか?
とにかく困りました。
途方に暮れて、不安な顔をして、キョロキョロ周囲を見回して、こっちかな?という方向に走ろうとしたとき、フランス系ではない先住民の子どもが『Ship?』とひとこと。私も『Ship!』とひとこと。
彼は、私が今まさに向かおうとした方向と真逆を指さしました。一瞬だけ躊躇して、しかし彼を信じて指さされた方向に走りました。
暫くすると海が見えました。
助かった。
船員は船の出港に間に合わなければ首です。最初の船の最初の上陸で首とは、非常にまずいです。
港の方向を教えてくれた彼は、今どうしているのか?
いつか内地(日本)でフランス人に道を聞かれたら『フランス語はわからない』とフランス語で返してやろうと心に固く誓いました。
Je ne comprends pas le français. (ジュ、ヌ、コンプラン、パ、ル、フランセ)
まだ機会を待っているところです。
内地に戻るまで8ヶ月 ― 2023年12月27日 08:17
ニューカレ2航海のあと、内地を出てから内地に戻るまで8ヶ月の航海となりました。
7年の船員生活で最も長い航海でした。
八戸でニューカレからのニッケルを揚げたあと、広島のドックで船体、エンジン、無線設備の検査を行いました。年1回の、車で言えば車検のようなものです。
1978年5月26日、ドックを出港。数時間後にエンジントラブルでドックに戻り、調整か修理して、今度こその出港が記録してある、上記日にちだったと思います。
ドックでの検査後は試運転を行いますが、その時は問題無く、出港してから問題が出たのでしょう。
積地は韓国の郡山(Kunsan, Gunsanとも)、仁川(Inchon, Incheonとも)、釜山(Pusan, Busanとも)の三港積み。括弧内に書いたように、英語表記は2種類あるようです。
積荷は鉄骨、ホットコイルという鉄板を巻いたもの、プライウッドという合板。
沖売りと言って、船に土産物を持ってきてパッセージ(通路)に並べて売る商売があります。日本語がペラペラでした。関西の育ちで、関西訛りが抜けませんと。朝鮮人参茶と漆器が多かったです。
デパートでも片言を話す店員がいて、自分の売り場以外にも何が欲しいのか聞いてくれて、連れて行ってくれるほど親切。
公定レート100円が47ウォン。円からウォンに替えるときは、銀行よりデパートやホテルで替えるのが得なようでした。
夕方6時だったと思いますが、街を歩いていて、気付いたら車も歩いている人も止まっていました。在韓アメリカ兵も気をつけの姿勢。後で知ったのですが、国旗を降ろす時間、国歌が流れて、車も人も停止するのだそうです。
喫茶店では、50円くらいの飲み物を驕ると女性がそばに座って話し相手になります。
交番で道を聞こうとしたら、その前に『身分証明書を見せろ』と。上陸許可証を提示しました。北との緊張があったからでしょう。
そうかと思えば仁川では、シップチャンドラー(船に食料などを売る業者)が、ソウル観光に行くなら有料で連れて行くと。上陸許可証では別の市へは行けないはずですが。
入出港手続き時、税関や入管にお土産をあげる、または要求される国もあるのですが、韓国では不要でした。
釜山出港78年6月12日。
三港揚げ ― 2023年12月27日 12:55
揚地は;
Vancouver, BC(カナダ、ブリティッシュコロンビア州のバンクーバー)
Vancouver, Wash.(アメリカ、ワシントン州のバンクーバー)
Los Angeles, Calif.(アメリカ、カリフォルニア州、ロサンゼルス)
の三港揚げでした。
カナダのバンクーバー、パイロット(水先人)と話す機会があって、あの橋は3車線で、西側車線はウェストサイド、東側車線はイーストサイドだが、真ん中の車線を何と呼ぶか分かるか?
分かりません。
スーサイドだと。追い越し車線で、無理な追い越しで事故が多発しているので、自殺(Suicide)車線という英語のだじゃれでした。
Google Mapによれば、99号線、Lions Gate Bridgeです。3車線と分かります。
上司である局長(通信長)とサロン(ボーイさん)と3人で日本人街を歩いて、ラーメンを食べました。
日本で使われなくなった、随分と丁寧な日本語を聞きました。
アメリカのバンクーバーは小さい街。
サロンと2人で、Seamen's Clubと言うところに行きました。教会がボランティアで船員のためにクッキーやプール(ビリヤード)を用意してくれています。無料なのは良いのですが、退屈です。
その後、川を渡ってオレゴン州ポートランドまで行ってみましたが、夜にはなっていないのに店はほとんど閉まっていて、ハンバーガーを食べて帰ってきました。タクシーで片道10ドルくらいだったと思います。
タクシーで走ったのは、Google Mapによればコロンビア川にかかる5号線のようです。当時は全然分かりませんでしたが。ネットは便利。
ディズニーランド ― 2023年12月28日 14:10
今航最後の揚地、ロサンゼルス。
入港時、周囲にきれいな色とりどりの帆のヨット、ボート、ジェットスキーが一杯。
手を振っているので、振り返しました。
サードオッサーの発案で、ディズニーランドへ行きました。Long Beachからバスで1時間弱だったと思います。
7ドルくらいのチケットを買って、全部は使い切れず、真っ暗なトンネルを走るジェットコースター、これは次はどっちに曲がるか分からずスリルたっぷり、潜水艦、お化け屋敷、とはいえ子ども向けで、恐くはありません、最後に日本語を含めた各国語で『さようなら』のサイン。
夕食後に上陸したので、さて帰るか、となったのは深夜、周囲がよく見えず駐車場で迷子になって、なんとかバス乗り場にたどり着いて、船に帰りました。
ディズニーランドそのものより駐車場の方が広いそうです。
インド! ― 2023年12月28日 14:38
次航はアラスカで肥料を積んで、インドのマドラス揚げとなりました。
経験者は知っている、インド、荷役が遅い、いつ内地に帰れるか分からない、と。
もっとひどいのはサウジアラビア、11ヶ月居たことがあったとか。
ともかく、アラスカ州KenaiでUrea,尿素を積みました。
工場から船までベルトコンベアで流れてきます。3日で20,000トンくらい積みました。
荷役が終わって出港、ポートサイド(左舷)のタラップが係船柱にぶつかり、タラップは船体から外れて海に落ちてしました。
無線室はポートサイドにあり、衝突音を聞いて、丸窓からタラップが海に消えるところをしっかり見ました。
ここはパイロットが居ない、港というか船を係留する柱が海に立っているだけの岸壁の無い港です。
試しに検索したら、出てきました。多分、、、ですが、肥料工場はAgrim Kenai Nitrogen Operations、その周辺が写真の通りです。赤いマークが肥料工場、海に突き出ているのが円柱形で肥料を運ぶベルトコンベアと人が移動するためのゴルフカートのような車が走れる2段構造です。それに便乗して上陸しました。海に突き出た先には船も写っています。
ネットはすごい。こんな情報、写真が横浜で見つけられるのですから。しかも、46年前の記憶から。

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